欧州・中東・アフリカチーム チーム長 原秀樹
「一度は全てを失った俺たちが頑張っているところを見せることで、元気になってくれる人がいれば。」
パリは朝方の雨も何処へやら、刺すような日差しが暑い。会場を探して、エッフェル塔の袂から続くシャン・ド・マルス公園を汗をかきかき歩いていると、遠くから激しい音楽とブブセラの音が聞こえてくる。間違いない、英国のホームレス自立支援団体Big Issueを母体とした「ホームレスワールドカップ財団」が毎年開催するホームレスワールドカップの会場だ。それにしてもすごい。いやプレーのことだけではない。会場に集まるオーディエンスの数、またそれと同じくらいいるんじゃないかと思うボランティアスタッフの数。はたまたコートのフェンスに彩られた協賛企業のロゴの数。全てが想像を超えていた。開幕初日(8月21日)には各国代表の市内パレードがあり、市民の歓迎を受けながら、FIFAワールドカップを開催したスタジアムで開会式が行われ、FIFAワールドカップフランス代表のエマニュエル・プティ選手から激励のスピーチがあったそうだ。
64カ国が参加するホームレスワールドカップに日本の「野武士ジャパン」チームが参加するのは今回が3回目。会場にはブラジル、メキシコなどサッカーの本場からのチームをはじめ、インドネシア、フィリピン、韓国、日本など、アジアから参加しているチームも目立っている。残念ながら日本は過去2回の大会で、まだ1勝もしていないのだそうだ。その理由は他国の選手を見れば分かる。体格が違うのだ。とにかくでかくて、筋肉隆々、「あんた、何食べてるの?」って聞きたくなる。Big Issue Japanの人に聞くと、彼らは激しい競争を勝ちくぐって選抜されたエリートなのだそうだ。なるほど、って納得しかけてふと思った、「待てよ、ホームレス間の激しい競争って、それだけその国のホームレス問題の深刻さを物語っているんじゃないか?」。でもそれだけの競争を勝ち抜いてきたからこそ、選手たちは全身から自信をみなぎらせている。そのオーラがよけいに彼らをホームレスには見えないようにしている。日本チームも試合を経るごとに表情が変わってきたそうだ。来仏した当初は観光客の顔だったそうだが、今は勝負にこだわるサッカー選手の顔になっている。
そんな彼らだからプレーも真剣だ。強烈なシュートやタックルを受け、負傷する選手が絶えない。点差は開いていくが相手も決して手を緩めない。そう、これは本当の真剣勝負なのだ。勝負にこだわるから負けたら悔しい、悔しいから次の試合に期する。そうやって選手はどんどん良い顔つきになっていく。はじめ「ホームレスがサッカーで自立する」と聞いたとき、正直「どうやって?」と思った。でも日々の練習に励み、パスポートを取るために住所を定め、ものすごく強いチームを相手に集団で立ち向かう。そうしていくことで気持ちが前に前に向いていく。自立というのは手に職をつけたり、就職面接の練習をすることだけじゃない。まず、下を向いていた顔を上げ、前を向いて歩こうとすることが大事なんだ。
前々回(2004年)イェーテボリ大会(スウェーデン)に参加した日本選手8人の内、7人が、その後住居を得て、新しい仕事についているそうだ。大会の公式発表によると、これまでの参加者のうち70%以上の参加者がその後自立の道を歩んでいる。だから同じ志を持った選手同士、どこの国から来ていても仲がいい。試合が終わればノーサイド、会場外の広場で各国選手が入り乱れてパス回しをしている。複数ある宿舎では何カ国かの選手が共同生活をし、毎晩遅くまで交流しているそうだ。ついこの前までは、他人とのコミュニケーションをどう取っていいかわからなかった人達がだ。
試合は大敗が続いているのだが「野武士ジャパン」への注目度は高い。各国の記者が取材にやってくる。みんな東日本大震災があったにも拘らずはるばるやってきた日本チームを称えている。選手の中には被災した人はいないのだが、震災で募金活動もままならず、一時は渡航をあきらめたそうだ。が、その後大会本部が「日本チームをパリに!」とホームページで呼びかけ、世界中から募金を募ったりして、何とかパリにやってきた。国際交流基金も少しお手伝いさせていただいた。そんなことがあっただけに、日本チームの選手は大きな責任感を感じている。練習の合間には東北まで復興のボランティアにも行った。冒頭の言葉はキャプテンの松田良啓選手のものだ。
試合の合間に松田選手がバッジを見せてくれた。前日の試合が終わったときに主審から渡されたものだそうだ。その主審はオーストラリアからボランティアで来ている人で、自分が審判をする試合の中で、自分自身の基準で、1日1つ最も印象に残ったチームや選手にあげることにしているそうだ。バッジには「Spirit of Sport Award(スポーツマンシップ賞)」と書いてある。それほど日本選手のプレーには鬼気迫るものがあったということだろう。少し照れながら、でも誇らしげにバッジと写真に納まる彼の額からは玉のような汗が流れていた。その汗は「人生とは結果ではない、プロセスでもない、結果に拘るプロセスなんだ」と語っているようであった。