山崎宏樹
ソウル日本文化センター
世界最大のLEDキャンバスに映し出される「K-J Collabo」の文字。
「ソウルスクウェア・メディアキャンバス・J-Kコラボレーション」事業による作品の一部
2011年、新しい日韓関係を両国がともに構築することを目指して、展示、公演、映画、青少年教育、シンポジウム、講演会など多彩な分野にわたる「日韓新時代:未来へのコラボレーション」(事業パンフレットはこちら)事業が、2011年の2月から3月にかけソウルなど6都市で実施されました(主催 国際交流基金、共催 外務省(在大韓民国日本大使館)。
「コラボレーション」にはさまざまな意味がありますが、今回の企画では、日韓のさまざまな人々・機関による共同作業や、伝統と現代、自然と科学技術、多文化共生、福祉、環境といった日韓共通課題の克服に向けた双方の取組に目を向けて、事業を構成しました。多くの事業を韓国側の専門家や機関との連携・共催で実施することができ、「新時代」という名前にふさわしい事業となりました。
日韓のさまざまな「現代」を写し出す14の企画
各事業は、いずれも多様な切り口から「現代」を考えるものを目指しました。
たとえば美術の分野では、2000年以降の日本のマンガを主題とする「新次元:マンガ表現の現在」展や、日本のプロダクト・デザインを多角的な視点で概観する「WA:現代日本の調和の精神」展、ソウル駅正面の巨大なビルの外壁に設置された世界最大のLEDキャンバスに日韓のメディア・アーティストによる共同制作作品が浮き上がる「ソウルスクウェア・メディアキャンバス・J-Kコラボレーション」など、同時代的で多彩な表現を紹介しました。また、映画の分野では「われわれ! 日韓映画祭」と題して、古典から新作まで、日韓に関係の深い多様な映画をセレクションし、豊富なゲストトークとともに特集上映することで、双方の映画界に新たな視点を提供できました。日韓の大学生が模擬会社を立ち上げて音楽イベントを行う「日韓ブラストビート・プロジェクト」では、日本と韓国の若者が何度も国際会議を重ね、両国で音楽イベントを実施しました。さらに、日韓の小説などがお互いの国にどのくらい紹介されているのかを掘り下げた出版交流シンポジウムや、J-POP/K-POPの受容のされかたを見直すシンポジウムなど、文化のさまざまな様相を映し出す企画が実現しました(「日韓多文化共生都市セミナー」と「日韓ブラストビート・プロジェクト」の最終シンポジウムは、開催直前に東日本大震災が発生したため、やむなく延期となりました)。
今回はこうした数多くの事業の中から特に、伝統音楽分野で初の日韓コラボレーション公演となった「日韓伝統歌舞楽祭」と、日韓の廃品打楽器演奏グループの協演が実現した「ティコボ韓国巡回公演」について詳しくご紹介したいと思います。
「ソウルスクウェア・メディアキャンバス・J-Kコラボレーション」
日韓の伝統芸能の実力者たちが歴史的な共演を果たした
日本も韓国も、伝統芸能の豊かな蓄積をもっていますが、グローバル化が進み昔ながらのコミュニティを維持することが難しくなっている現在、その技術や文化を次の世代にどう受け継ぎ、発展させていくかが共通の課題となっています。しかし伝統芸能は、それぞれが独自のジャンルとして確立しているため、ジャンル間での交流はもとより、外国との交流は非常に難しい分野でもあります。そうしたなか、今回の「日韓伝統歌舞楽祭」では、同じ課題を抱える日韓の伝統音楽分野でのコラボレーションに挑戦しました。
公演はソウルと釜山で実施され、それぞれの地の国楽院に所属する演者が共演することとなりました。共催機関であった韓国国立国楽院は、韓国の伝統音楽の発展・継承のために、朝鮮戦争さなかの1951年に設立された機関です。2011年が開院60周年にあたり、今回の「歌舞楽祭」はその記念事業でもありました。
公演は三部構成。第一部では韓国の歌曲(太平歌他)と日本の長唄(秋色種)を、また第二部で韓国舞踊(鶴處容舞)と日本舞踊(鷺娘)を披露した後、第三部で、日韓にそれぞれ伝わる代表的な旋律である「八千代獅子」と「念仏還入」を、韓国の伝統的な即興演奏技法「シナウィ」を応用して、日韓両国の音楽家が即興合同演奏を行うという、これまで誰も経験したことのない試みが実現しました。
歴史的な共演を果たしたのは、日韓の今後を担う若手の実力者たち。特に日本側からの演者として参加した日本舞踊の中村壱太郎は、人間国宝の四代目坂田藤十郎を祖父に、五代目中村翫雀を父に、吾妻流家元吾妻徳彌を母に持つ名門のホープで、二十歳という若さでありながら、非常に高い芸術性を持ち、将来が嘱望されている逸材です。
日韓の出演者は、この日の合同演奏のため、1カ月前にソウルに集まって練習を行い、熱心に準備を進めてきました。そうした甲斐があって、歌、舞踊、演奏のどれもが圧倒されるような迫力がありました。特に、中村壱太郎演ずる鷺娘では、観客席からも熱気のこもった掛け声や拍手がたびたび起り、引き抜きで衣装が変わるたびに歓声が上がりました。中には、鷺娘に感動したあまり同じ公演を2度見にいらした方までいたほどです。さらに公演のハイライトとなった即興合同演奏では、ヘグムと三味線、カヤグムと箏、チャンゴと鼓が呼応しながらそれぞれの楽器の魅力を発揮し、すばらしい調和が見られました。この歴史的な挑戦は、演じた側にとっても一過性の共演以上のつながりをもたらすことができたのではないでしょうか。
廃品打楽器コンサートがエコへの思いをこどもたちに届ける
次にご紹介するのは、どちらも生活の中で増え続ける廃品で作った楽器を使った演奏活動で人気のある、日本の「ティコボ」と韓国の「ノリダン」が協演した「ティコボ韓国巡回公演」。次代を担う子どもたちに環境問題に対する関心を高めてもらうため、コンサートに加えて、韓国各地(ソウル、大邱、釜山、光州、済州)の小学校を訪問してもらいました。
日本からやってきたティコボは、廃品を利用した独創的な打楽器を使った演奏だけではなく、その廃材楽器を楽しくわかりやすく紹介し、観客を沸かせました。また、独自に開発したペットボトル楽器「ペッカー」や新聞紙を使って観客と一緒に演奏することで、普段捨てられるものでも工夫次第でいろいろな可能性をもっていることが伝わり、文化活動を通じて環境問題を楽しく考えるパフォーマンスとなりました。こうした各地での公演の様子は、韓国のテレビや新聞などで数多く取り上げられました。
ソウル市内にある松田(ソンジョン)小学校での公演では、2年生から4年生までのこどもたち約500人が体育館に集まりました。ティコボの奇抜な衣装に驚いた子どもたちは、すぐに楽しい演奏に熱中。リーダーの山口ともが楽器の構成や新聞紙の音の出し方などを説明し、国際交流基金のスタッフがメンバーと同じ衣装で通訳をすると、こどもたちは真剣な笑顔で話を聞き、身振り手振りを真似しながら楽しんでいました。特に「ペッカー」を使った演奏に参加する場面では、韓国のこどもたちのとても積極的なパフォーマンスに、ティコボのメンバーも驚いていました。終演後は、校長先生はじめ教師の皆さんからもたくさんお礼の言葉をいただき、なんとその後、ティコボのメンバー全員が給食にお招きを受けました。
この小学校の2011年度版カレンダーには、この公演の写真が掲載されています。ティコボの人たちが発したエコへの思いは、こどもたちの心に鮮明な記憶として残ったのではないでしょうか。
「ティコボ」と「ノリダン」の協演では、即興演奏のアンコールが飛び出した
日本と韓国で、同様の手法で音楽活動を展開するティコボとノリダンの協演は、6年前にも1度企画されましたが、その際は実現せず、今回のソウル公演が初めての協演となりました。
公演当日、会場の九老アートバレーは親子連れで満席札止め。まずノリダンが、自転車の空気入れや椅子、そして自らの体を叩いて音を出す演奏を行い、その後ティコボが、演奏とトーク、観客が参加するパフォーマンスを行い、あっという間に会場は楽しい雰囲気に包まれました。それは演奏家同士はもちろん、観客さえも交えたコラボレーションが生まれた瞬間と言えるかもしれません。公演の最後に、ティコボとノリダンが一つの曲を協演しました。この演奏にはとりわけ熱い拍手が続き、予定していた2曲に加えて急きょ、その場で即興演奏のアンコールが飛び出しました。即興のアンコールでは特に双方の演奏家たちの臨機応変さや優れた実力が発揮されていたようでした。
今回の協演では、ただ一緒に演奏をするというだけでなく、演奏家たちの交流が生まれ、会場からもそれぞれ単独ではなしえないような大きな感動が生まれました。ティコボとノリダンには、これをきっかけに再度協演の打診があり、今後のコラボレーションに向けた橋渡しにもなりました。
震災の困難を越えて
「日韓新時代:未来へのコラボレーション」は、多くの方に日本と韓国の文化交流の現場に接する機会を提供し、それぞれの分野における次世代の担い手たちのネットワークも生まれました。各事業はメディアに数多く取り上げられ、大きな成功を収めることができましたが、事業のさなかである3月11日に東日本大震災が発生したことはたいへん残念でした。
しかしながら、この震災に際して、韓国の多くの方々から日本の被災者に対し温かい声援と支援を頂戴したことは忘れられません。この場をお借りして、日本のために心を痛めてくださった韓国の皆さんにお礼を申し上げたいと思います。日本に対する支援を表明してくださった韓国の方々の思いは「日韓新時代:未来へのコラボレーション」事業が目指す未来と同じであると信じています。本事業の成果が日本の復興、そして日韓友好のさらなる発展に寄与するものになることを願ってやみません。
(本文中 敬称略)