シネマ歌舞伎が、トロントでカナダ初上映を果たしました。平成20年度の基金内企画公募事業で採用され実現したもので、まだまだパイロット・プロジェクトの域を出ませんが、今後の発展の可能性を頼もしく感じさせられました。
幅16.76m・高さ9.44mの大画面に映写されたハイデフィニション画像 映写テストから
シネマ歌舞伎は、松竹株式会社が2003年から手がけ、劇場で生の舞台を撮影し、その映像を映画館の大画面で上映するものです。しかしこれは、映画ではありません。デジタル技術最先端のハイデフィニション(HD)の高画質映像と、6チャンネルのサウンドを活用し、生々しい舞台の臨場感を体感できる新しい映像表現になっています。
トロントからこの企画を提案した背景は、映画館でのオペラ実況衛星中継にあります。カナダ全国で80数館がメトロポリタン・オペラの生の舞台映像をHDで提供し、人気を博しています。このHD中継の技術がシネマ歌舞伎に汎用できるはずだと考えた当方の期待は、半分は的を射ていました。高解像度の投影ができるデジタル・プロジェクターが、北米ではシェアを増やしていて現地調達できます。しかし、シネマ歌舞伎は中継ではなく、Qタイプというコンピューター・データで上映します。このサーバー方式が、北米産の技術でありながら、ハリウッドの推奨する方式に押され北米では姿を消していました。機材の調達はできたものの、カナダ人映写技術者の不慣れな機種への戸惑いはいかんともしがたく、テストを繰り返して、上映の下地を徐々に作っていったのでした。
広報・販売戦略の中でも、オペラ中継に注目しました。オペラファンの中には西洋文化以外の異文化受容に頑な人たちもいる反面、多くの人々は歌舞伎を世界文化遺産として歓迎し、シネマ歌舞伎に注目しました。これは予想をはるかに超えた好意的反応でした。
『二人道成寺』開演直前。 すでに場内は熱気に満ちて。
『野田版鼠小僧』(3月26日)、『二人道成寺』(28日)、『文七元結』(28日)の三演目は、現代作品、舞踊、世話物と多彩で、歌舞伎の幅広い魅力を多面的に紹介することができました。HDの克明な映像が、勘三郎丈、三津五郎丈の競演を余すところなく伝え、また、デジタル映像の鮮烈な色彩が玉三郎丈、菊之助丈の舞いの美しさを画面一杯に開花させ、観客は息を飲みました。今回、商業館での有料上映としたが、映画館としては異例ののべ900名近い観客動員を達成しました。
歌舞伎のみならず公演団の日本からの派遣が難しくなる状況の中で、シネマ歌舞伎は文化交流の新しい手段として有効と思われるます。また、入場料収入を確保することでコストも抑えることができることから、効率性の観点からも有効な事業といえます。「シネマ歌舞伎」というブランドの立ち上げとしての今回の事業の中で、シネマ歌舞伎の、カナダでの技術的な受け入れ体制がひとまず組めたこと、世代に限定されない多文化多民族の潜在的観客層の存在が確認できたことは、何よりの成果でした。